健康

明日死ぬ、と思ったら

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「明日、母が死ぬ」分かった時点で、もう、今日は思う存分親孝行するぞーー!優しくするぞーー!って涙ながらに思う。

けど、明日死ぬ!と思って、すべての優しと気遣いを今日、母のために使い果たしたとして、明後日も母が生きていたらどうなるんだろう。

介護が大変なのは、「いつまで続くか分からない」という点が大きいと思う。

例えば、「あと1年」と言われたら、1年の介護生活を想定して、スケジュールを組み、予定を立てて、予算や手段をシュミレーションする。そして、それをこなして1年後に死去。

想定通りにコトが運べば、感情のブレはあったとしても、「よし、がんばった」って気持ちになれると思うんだけど。

「あー、もう、うるさい、何回も同じこと言うし、うざい!」って日々を送っていて、ある日突然、死なれたら、、。

「もっと優しくしてあげればよかった」「なんであんなひどいこと言ったのかな」って、後悔だらけで過ごすことになる。

あと1年なのか、2年なのか、10年なのか。

優しく介護したいけど、できない、つらい、閉塞感を抱えている人、どうしたら、楽しく、大切な人との最後の時間を過ごせるんだろう。

介護は、全員が直面する問題ではなくて、運よく、介護の苦労を知らないまま、親と別れる人もいるんだよね。

でも、最近思うのは、「介護って経験をして、よかったな」ってこと。

人として、少しは成長というか、人の痛みや悲しさ、切なさが分かったし、自分にも人にも、多くを求めなくても大丈夫になった。

もちろん、介護しなくていいなら、それはそれでいいんだろうけど。

私には介護は必須で必然なんだと、思えるようになった。

だから、明日も母が起きたら、思いっきり「ありがとう」って言おう。

そう、ボケてくれたから「ありがとう」「大好き」ってこともストレートに恥ずかしくなく言えるから、ボケてくれてよかったのかもな☆って。

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